大阪高等裁判所 昭和26年(ナ)22号 判決
原告 中西勘次
被告 兵庫県選挙管理委員会
被告補助参加人 橋本正三郎
一、主 文
昭和二十六年四月二十三日に施行された尼崎市会議員選挙において、同月二十五日当選者として告示された橋本正三郎の当選は無効とする。
訴訟費用中参加によつて生じた部分は補助参加人の、その余の部分は被告の負担とする。
二、事 実
原告の請求の趣旨
主文第一項同旨の判決を求める。
原告の請求の原因
昭和二十六年四月二十三日に施行された尼崎市会議員選挙に、原告及び橋本正三郎が立候補したが、開票の結果、橋本正三郎の得票数は、九百八十二票で最下位当選者に、原告の得票数は九百八十票で次点者に決定され、その旨同月二十五日告示された。しかしながら、橋本正三郎の当選は、左の理由によつて無効である。すなわち、
(一) 同選挙の投票中に「中島」と記載されたもの二票、「中島様」、「中シマ」、「中島マシ」と記載されたもの各一票があつて、これ等は開票管理者において、無効と決定しているけれども、同選挙に際し、同年四月四日付毎日新聞並びに同月十四日付朝日新聞紙上に掲載された、尼崎市会議員候補者一覧表中には、それぞれ原告中西勘次の氏名を中島勘次と誤記されており、かかる大新聞が何れも原告の姓を、中島と誤解せしめるような事実があつたこと、右選挙において他に中島の姓を有する候補者のなかつたこと、及び投票の効力は選挙人の意思を尊重して、なるべく、有効に取扱わうとする公職選挙法第六十七条の規定の精神から考えると、前記五票は何れも原告に対して投票された有効投票と認むべきものである。
(二) 又同選挙の投票中「小西カンジ」と記載されたもの一票も同じく開票管理者において無効と決定しているが、これも原告に対する有効投票と認むべきである。
(三) さらに、同選挙の投票中開票管理者において無効と決定した「中西愛蔵」なる一票、第三開票区において「中西英夫」なる一票も同じく原告に対する有効投票と解する。本件選挙における候補者中に小西愛蔵及び中林英夫なるものがあつたけれども、尼崎市の如き都市にあつては、その文化程度と慣習及び他府県からの移住者又は通勤者の多い関係から一般に人の呼称として、その名よりむしろ姓を用いることが通例であるから、投票の記載が何人に投票したか明瞭を欠く場合であつても、該投票に記載された姓と同じ姓の候補者のあるときは、一応その姓の候補者に投票されたものと推定すべきである。殊に、中西英夫なる投票については、原告の従弟中西英男が右第三開票区に永く居住し、原告と特に親交が深かつた関係上、同開票区の選挙人中原告の氏名を右中西英男と混同し、原告を投票する意思をもつて、「中西英夫」(英男は英夫と通ずる)と記載したものと解するのは必しも失当ではない。
(四) しかして一方開票管理者において、橋本正三郎に対する有効投票と決定した投票中「橋本」とのみ記載された投票が二票あるが、同選挙においては、他に橋本正一なる候補者があつて、橋本とのみ記載されただけでは、橋本正三郎に投票したのか、橋本正一に投票したのか不明であつて、右投票は無効と断ぜざるを得ない。
(五) また、同じく橋本正三郎に対する有効投票と決定された、「橋本正三」と記載されたもの二票、「ハシモト正三」、「橋本昌三」、「橋本正太郎」、「橋本正大郎」、「橋本正郎」(原告は正七郎と主張しているが、その立証に供する甲第十七号証によれば「七」は「」の誤と認める)と記載されたもの各一票、「橋本正二郎」と記載されたもの四票、合計十一票は何れも無効と認定するのが相当である。これ等も前(四)と同様、橋本正三郎、橋本正一両候補者の何れに投票されたものか必ずしも明瞭でないからである。
(六) 同じく橋本正三郎の有効投票と決定された「マツモトシヨウダブロ」、「松本正三郎」の各一票は無効である。松本の姓を有する候補者は本件選挙において松本太郎、松本茂の二名があつて、右投票はこの二者の姓と橋本正三郎の名を混記したもので、果して何れの候補者に投票したものか推定することができないからである。
(七) 次に同じく橋本正三郎に対する有効投票と決定された、「橋本正三郎」と二重に記載された投票一票は、無効である。右二重の文字を見るに、投票用紙の候補者氏名欄の右側に「橋本正三郎」と正確に記載せられ左側に「橋本正三郎」の「正」の字を削り、その左に「正」の字が記載されているが、若し選挙人が正しく、候補者の氏名を一層明確ならしむる為記載したるものとせば、右書を習慣とする日本文字においては、右側に「橋本正三郎」と書いたのを、正の字を訂正した場合には、その左側に正確に記載するのが通常であつて本件二重文字の記載はむしろ真の文字による記載でなく、従つて無効の投票と見るべきである。
果して然らば、本件選挙における、原告の有効投票数は、開票管理者の有効と決定した九百八十票に、「小西カンジ」なる一票を除いても、なお前示(一)(三)において主張した七票を加え九百八十七票となり、これに反して橋本正三郎の得票数は、開票管理者の有効と決定した九百八十二票から、前示(四)(五)(六)(七)において主張した無効投票、合計十六票を控除した九百六十六票となり、その結果橋本正三郎の当選の無効となることは明かである。
そこで原告は十四日の法定期間内に右告示を無効として尼崎市選挙管理委員会に当選の効力に関する異議の申立をなし、これに対する決定を不服として二十一日間の法定期間内に被告に訴願の申立をしたが、昭和二十六年八月三日棄却の裁決書の交付を受けたので本訴に及ぶ。
被告の答弁及び補助参加人の主張に対する原告の主張
(一)(1) 被告は、昭和二十六年四月七日附毎日新聞、同十五日附朝日新聞にそれぞれ原告の氏名の誤植訂正の記事が掲載されているというが、一般選挙人においては、一旦新聞紙に掲載された候補者の一覧表によつて、その氏名を読んで、印象が残ると、後日発表された誤植訂正などは看過するのが通例である。現に記事の正確な報道をモツトーとしている、朝日新聞自身ですら、毎日新聞が同年四月四日候補者一覧表中に原告の民名を中島勘次と誤記し、同月七日その誤植訂正をしているのにこれに気付かず、同月十四日附紙上の候補者一覧表中、やはり原告の氏名を中島勘次と誤り発表し、翌日同紙上に誤植訂正をしているようなわけで、いわんや一般選挙人において、かゝる誤植訂正の記事までを、すべてが注意しているとはいえない。従つて、右両新聞の誤植によつて、原告の氏名を中島勘次と誤信した者があるのは当然といわねばならぬ。
(2) 被告は、地元各新聞紙が、原告の氏名を正確に報道したと抗弁するが、尼崎市内における新聞の販売部数は、朝日新聞約二八、〇〇〇枚、毎日新聞約二六、〇〇〇枚、神戸新聞約三、〇〇〇枚であり、神港新聞の如きも、朝日、毎日両紙に比し、その発行部数ははるかに少くないのであつて、その販売部数から言つても、又朝日、毎日とも有力新聞で何れも地方版を作つて地方の記事を詳しく掲載しているから、むしろ、尼崎市内の一般選挙人は地元小新聞より右両新聞に親しんでいるということができる。
被告は、本件選挙の候補者の氏名が、正確に選挙人の目につき易い場所に十一日間継続して掲示され、且つ、投票当日、投票所内の各記載所毎に掲示されていたと主張するけれども、一般選挙人のうち前述のように朝日、毎日の両新聞の誤植により、原告の氏名を中島勘次と誤信した者は、かゝる掲示を看過することも日常の経験上否定できないから、それ等の者が、原告の姓を中島と信じて投票することも想像に難くない。
(3) 被告は、原告が選挙運動期間中あらゆる運動方法でその氏名を正確に宣伝しているというが、約十三万の有権者に対して、原告の郵送した通常葉書は僅かに法定数の五百枚、又ポスターも全選挙区を通じ五百枚に制限せられ、その他前記の如く、新聞社に、候補者一覧表が掲載された程度であつて、必しもその正確な氏名が充分に徹底したものとはいゝ得ない。
(4) 本件選挙における候補者中に中林の外中村、中井、中込の姓を有するもののあつたこと、その後に行われた兵庫県会議員選挙尼崎選挙区の候補者に、中島常雄なるものがあつたことは認めるが、前述のように原告の姓を中島と誤信したものが、一般選挙人の中にある以上、原告主張の「中島」、「中シマ」、「中島様」「中島マン」は原告を指示したものと推認すべき根拠は充分である。又、本件選挙と兵庫県会議員選挙とは同日同一場所で行われたものでなく、後者は、本件選挙により一週間後の昭和二十六年四月三十日行われたものであるから、本件選挙の投票の効力については、専らこの選挙の候補者中何人に投票する意思を以つて、投票されたかを考慮すべきであつて、その後に行われた、右兵庫県会議員選挙に、たとえ中島常雄なる候補者があつても、この事実からして前示各投票を直ちに右中島常雄を指称するものと解すべきでなく、むしろ前述のように、朝日、毎日、両新聞の誤植により、原告を「中島勘次」と誤信した結果、原告に投票する意思の下になされたものと認むべきである。
(二) 本件選挙において、開票管理者が、原告の有効投票と決定している「中島西次」一票、「中西貫治」一票、「中西ケンジ」一票及び「中西カンスケ」一票のあつたことを認めるが、右はその記載の全体的考察よりして、原告中西勘次に投票したものと判断するに難くない。
(三) 本件選挙において開票管理者が無効と決定した投票中被告が補助参加人の有効投票なりと主張する、「坂本庄三郎」一票、「松本正三郎」一票は(前示(六)の有効と決定せられた「松本正三郎」なる投票とは、その開票区を異にする)無効なりと信ずる。すなわち「坂本庄三郎」については本選挙の候補者中「坂本」姓を有するものはなかつたが、「坂」と「橋」とは相似ない文字であるし、前述のように尼崎市の如き都市では、人の呼称として、その名より姓を用いるのが通例であり、又、他に橋本正一なる候補者がいた事情もあるから、右「坂本庄三郎」なる投票を、補助参加人橋本正三郎に対する投票なりと解することは困難である。又「松本正三郎」も同様の理由で無効であるが、殊に前(六)に述べた如く他に松本なる姓を有する候補者が二名あつて、何れの候補者に投票したるのか推定し難いからである。
(四) 本件選挙において開票管理者が原告の有効投票と決定した投票中補助参加人の無効なりと主張する。「中」、「中」、「中」は原告の有効投票なりというべきである。けだし投票の記載は反対の意思が明かである場合の他は、候補者中の何人かの氏名を記載しているものと推測すべきであり、投票者の意思は、なるべく尊重しなければならぬから、氏名の記載が正確を欠いているとしても、いやしくもその記載によつて候補者中の何人かに投票する意思であるかを推定し得べき限り、その候補者の有効投票となさねばならぬ。従つて右投票は中村、中林、中込等の他の候補者の姓よりも、原告の姓である「中西」と表現されたものと推定することは普通人の常識であつて、原告の有効投票なることは論をまたないし、「中湛次」、「中西二」、「西」も同様の理由によつて、原告の有効投票であり、殊に、「西」は明かに、中西と判断できる。
(五) 又同じく「サカにシカンジ」は、その字体やゝ不明瞭なうらみはあるけれども、第一字の「サ」の左側の「ー」は抹消したもので「ナカにシカンジ」と見るべきであつて、結局原告中西勘次の氏名を記載したものとするを相当とする。
(六) 同じく「中西「勘次」の「「」は普通の「「」のように完全なものでなく、句読点と同視すべく、「中西カ」の「゛」は、ジの濁点を視力不十分のため、誤つてその下方に付したものと解すべく、然らずとするも句読点と同視すべき程度のものであつて、いわゆる他事記載に該当しない。
(七) 次に同じく「ナカニシカンラ」については、知識の程度の低い選挙人中には「カンジ」を「カンリ」と発音する例もあり、その場合「リ」を「ラ」と誤記することは想像に難くないし、そうでなくとも「ジ」を「ラ」と誤記することのあり得ることは、日常の経験則に照して明かであるのみならず、その記載の全体的考察からいうも原告の有効投票と見るべきである。
(八) 本件選挙において開票管理者が無効なりと決定した投票中、補助参加人が自己に対する有効投票なりと主張する、「橋本ヨ治郎」なる投票は、他に橋本正一、高橋弥治郎なる候補者があつて、「ヨ治郎」は補助参加人の名「正三郎」に通じないのみならず、むしろ高橋弥治郎に近似するから無効であり、又同じく「田中正三郎」なる投票も、他に田中正雄、田中永寿、田中一男、田中芳雄等の候補者があつて、結局何人に投票したか確認し難いものといわざるを得ない。同様に「小林正三郎」なる投票も「小林」は補助参加人の姓「橋本」に全く通じないし、他に中林英夫、小川桂太郎、小寺正、小川謙三、小西愛蔵なる候補者があつて、何人に投票されたか確認し難いものである。「高橋正三郎」なる投票に至つては、「高橋」と補助参加人の姓橋本とはこれを混同又は誤記する余地がないのみならず、本件選挙の候補者中には高橋吾助、高橋弥治郎、高橋金之助等があるから、右投票を補助参加人に対する投票なりと解することは一層困難である。
なお、右補助参加人の主張中、被告の主張と抵触する点は、民事訴訟法第六十九条第二項によつて、その効力を有しないものと解しなければならない。
被告の答弁、
原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求める。原告の主張事実は以下被告の主張と抵触しない限り全部これを認める。しかしながら、
(一) 原告が自己に対する有効投票なりと主張する「中島」二票、「中島様」一票、「中シマ」一票及び「中島マン」一票は何れも次の理由によつて無効となるべきである。すなわち、原告主張のように、朝日、毎日両新聞が原告の氏名を誤植発表したことはあるが、毎日新聞昭和二十六年四月七日付、朝日新聞は同月十五日付で夫々誤植訂正をなしたものであり、右両新聞以外の当地方に、最も浸透し、親しまれている、地元各新聞は、原告の氏名を正確に報道したこと、本件選挙の候補者の氏名の掲示が、正確に選挙人の目につき易い場所に十一日間継続してなされ、且つ投票当日投票所内の各記載所毎に正確に掲示されたこと、原告が選挙運動期間中選挙運動用の通常葉書、ポスター、新聞広告その他あらゆる運動方法によつて、自己の氏名を正確に報道したこと等によつて、右両新聞の誤植報道は完全に治癒せられ、選挙人は原告の姓を中島と誤信するような事は、全くなくなつたというべきである。しかも、本件選挙の候補者には中村、中林、中井、中込、奥島等の姓を有する者があり、且つ、本件選挙と兵庫県会議員選挙がともに、昭和二十六年四月三日告示せられ、本件選挙が同月二十三日、右県会議員選挙が同月三十日行われたため、本件選挙の投票日をはさんで県会議員選挙の選挙運動が行われ、しかも後者の候補者中には中島常雄なる者があつて、現に本件選挙において「中島常雄」及びこれが誤記と認められる「中島常吉」なる投票が現われている。(殊に、原告の主張する「中島」、「中シマ」と同一開票区において「中島常雄」二票、同じく「中島様」と同一開票区において「中島常雄」一票が現われている)かゝる事実から見ると、原告主張の五票は、右中島常雄を指称するものとの推定が成り立つ、これを無効とすべきことは明かである。
(二) 原告主張の「橋本」なる投票二票が無効なること及び「小西カンジ」なる投票一票を原告に対する有効投票となすべきことは、これを認める。しかしながら、若し後記の「松本正三郎」なる投票が、他に松本なる姓の候補者があるとの理由で補助参加人に対する有効投票と判定されないならば、本件選挙において、小西愛蔵、宇仁貫次なる候補者があつたのであるから、同様の理由で、右「小西カンジ」なる投票は無効たるべきことを主張する。
(三) 本件選挙において開票管理者が無効と決定した、「坂本庄三郎」一票、「松本正三郎」一票は、補助参加人橋本正三郎の有効投票なりと見るべきである。すなわち、「坂本庄三郎」については、候補者中坂本なる姓を有するものなく、「庄三郎」と「正三郎」が語音全く相通じ往々間違つて用いられる経験から、「橋本正三郎」を選挙する意思を以て誤つて「坂本庄三郎」と記載したものというべきである。
「松本正三郎」に至つては一層「橋本正三郎」に近似し、五文字中四文字までが橋本正三郎のそれと同一であること、他に松本松太郎、松本茂なる候補者がいるけれども何れもその名が「正三郎」とは似ても似つかぬものであり、しかも「橋本」と「松本」とは何れも「本」のつく姓であつて通常間違い易い姓である点を考えると、選挙人が「橋」と「松」の一字を書き誤つたものにすぎないと解すべきである。
このことは同様の趣旨で他の開票区において「マツモトシヨウダブロウ」及び「松本正三郎」なる投票が橋本正三郎の有効投票と決定されていることから見ても正当なる見解といゝ得る。
(四) 若し右「松本正三郎」なる投票が松本なる姓の候補者が他にあるとの理由で橋本正三郎の有効投票なりと認定されないならば、開票管理者が原告の有効投票と決定した「中西貫次」一票、「中西貫治」一票、「中西ケンジ」一票及び「中西カンスケ」一票並びに前示「小西カンジ」一票は何れも無効なりと主張する。それは本件選挙の候補者中には「小西愛蔵」、「宇仁貫次」及び「明田謙二」なるものがあつたから、同様の理由で無効たるべきものであるからである。
(五) 原告がその有効投票なりと主張する「中西愛蔵」、「中西英夫」なる投票各一票は、「中西愛蔵」については、本件選挙の候補者中に小西愛蔵なるものがあり、原告の名勘次と右投票の愛蔵とは似ても似つかぬものであり、むしろ小西愛蔵の誤記であると認むべく、「中西英夫」については、中林英夫なる候補者があるから同じく中林を中西と誤記したものと見るべく、何れも原告に対する投票であるとは到底いうことができない。
以上被告の主張を要約すると、開票管理者が決定した原告の得票数九八〇票に「小西カンジ」一票を加えて原告の得票数は九八一票となり、同じく橋本正三郎の得票数九八二票から、「橋本」二票を差引き、「坂本庄三郎」一票、「松本正三郎」一票を加えることによつて九八二票となるから、橋本正三郎の当選の効力に影響はない。
さらに、被告の予備的に主張するところを要約すると、原告の得票数九八〇票から、「中西貫次」、「中西貫治」、「中西ケンジ」及び「中西カンスケ」各一票合計四票(「小西カンジ」は開票管理者が無効と決定したものであるから差引かず)を差引き九七六票となるに反し、橋本正三郎の得票数九八二票から、「橋本」二票とその有効投票中の「マツモトシヨダブロ」及び「松本正三郎」各一票を差引いた九七八票に「坂本庄三郎」一票を加えると九七九票となり、橋本正三郎の当選の効力に影響しない。
よつて何れの点からするも原告の本訴請求は失当である。
なお、行政訴訟においては補助参加人はその補助する当事者と異つた陳述をなし得るものであるから、この点に関する原告の主張は理由がない。
補助参加人の主張
(一) 原告主張の「中島」、「中島様」、「中シマ」、「中島マン」の投票が無効であることは被告主張のとおりであるが、なお当時県会議員候補者には中島常雄の外に三好治平、福島玄、寺本和一郎、藤本英夫、上田有間、高岩進等があつて、これ等と同一又は類似の文字又は宛字の記載ある投票が本件市会議員の選挙中に多数あつたが、全部無効とされた事実、並びに前記「中島常雄」なる投票についても同断であつた事実、しかも市会議員候補者中には同姓の寺本なるもの二名、藤本なるもの一名存したに拘らず、無効とされた事実から見ても、右原告主張の投票は、候補者(市会議員)でないものの氏名を記載したか又は候補者の何人を記載したか確認し難いものとして無効たるべきは当然である。
(二) 「中西愛蔵」なる投票は、本件選挙の候補者中に小西愛蔵なるものがいる以上、候補者の何人を記載したか確認し難いもの、又は候補者でないものの氏名を記載したものか、むしろ「小西愛蔵」の有効投票と判断さるべきである。若し原告主張のように一般に人の呼称として名より姓を用いることが通例であるならば、被告がその裁決によりて原告の有効投票と判定した「小西カンジ」は「小西愛蔵」に対してなされたものとならざるを得ない。又「中西英夫」なる投票も原告に対するものとは認め難く、その全体的考察よりして、むしろ他の候補者中林英夫に対する有効投票と認定さるべきであつて、原告主張のような理由で選挙人の意思を忖度することは、危険極まるものといわねばならぬ。
(三) 「坂本庄三郎」、「松本正三郎」なる投票は、補助参加人に対する有効投票たるべきものである。補助参加人の名「正三郎」は日常「庄三郎」と誤記され易いものであるが、殊に補助参加人は尼崎市内において永年教職にあつたものなるに拘らず、学校関係者よりの書面においても「庄三郎」と誤記されている事実から見ても、右「庄三郎」は選挙人において補助参加人を指す意思であつたことを看取できる。又「マツモトシヨウダブロ」も漢字と仮字の差異こそあれ、前記「松本庄三郎」と同様であつて、「ザ」を「ダ」と誤ることは、「ラ」を「ダ」「ズ」を「ル」と訛ることと共に、巷間往々経験するところであるから、従つて右は補助参加人に対する有効投票と判定さるべきである。
(四) 次に「高橋正三郎」なる投票二票が開票管理者において無効と決定しているが、たとえ他に高橋の姓を有する候補者があつても、その姓と名の全体的考察の上に立つて、選挙人の意思を尊重推測すれば、補助参加人に対する有効投票と判定すべきであるが、殊に、
(1) 他の候補者である高橋吾助、高橋弥治郎、高橋金之助の名は何れも右投票の「正三郎」と類似性がなく、「正三郎」なる名は候補者中補助参加人のみであつて、且つ特異性のあること、
(2) 高橋姓と橋本姓を名のるものは世間に甚だ多く、本件市会議員選挙の候補者中にも前者三名、後者二名、存するばかりでなく、両者はその外観及び観念において類似し、日常往々彼是誤るものである。現に本件選挙の無効投票中に「橋本金之助」二票「ハシモトキンノスケ」一票「ハシモトヤジロウ」一票が存することによつても容易に察知せられる。
すなわち右は何れも高橋姓と橋本姓の混同され易いことを示すものであつて、右「高橋正三郎」二票は補助参加人の有効投票たるべきである。
(五) 「橋本正三」「ハシモト正三」「橋本昌三」「橋本正太郎」「橋本正大郎」「橋本正郎」(前に原告主張のところの説明のとおり「正七郎」は誤記と認める)「橋本正二郎」なる投票も他に「橋本正一」なる候補者のある故を以つて無効と認むべきでない。
補助参加人は親族、知己、友人、学校の職員生徒等より「正三(シヨウサン)」「シヨウサン」と呼びならされ、それが通称又はあだ名となつている事実から見ると、右投票中「正三」「昌三」は補助参加人の通称が表示されたものであり、「正太郎」「正大郎」「正二郎」「正郎」もその姓の部分「橋本」とともに全体的観察から補助参加人に対する有効投票と認むべきである。特に他の候補者「橋本正一」の名は「しよいち」と呼ばれることから見ても、右投票は同候補者に対してなされたものでないことが明かである。
本件選挙における無効投票中
(六) 「橋本ヨ治郎」なる投票は、補助参加人の名の語音シヨウサブロー又はこれを訛つてシヨザブロの「シ」を脱落し、なお「正三郎」の三の数字の二、延いてこれと字音を同じくし、且つ人名によく用いられる「治」と感違いしたものである。又全体的に文字の外観及び音感からいつても補助参加人橋本正三郎に最も近似し、五字中主なる三字が補助参加人の姓名と同一である外、橋本姓の候補者はもちろんその余の候補者中に「ヨ治郎」と同一又は類似の名のないこと、なお橋本姓の他の候補者橋本正一(しよいち)とは類似性の全然ない事実からして且つ右投票の筆跡の程度より選挙人の意思を推測すれば、補助参加人に対する有効投票なりと認定さるべきである。
(七) 同じく「田中正三郎」なる投票について、
本件選挙の候補者中「田中」姓を有するものは田中正雄、田中武雄、田中芳雄、田中永寿、田中一郎、又姓に「田」あるいは「中」の字のあるものは、田平早苗、田村昌次、田畑信、中村良平、中村真炳、中村正男、中林英夫、中井計雄、中込倉造、中西勘次等であるが、何れもその呼称及び外観において、右「田中正三郎」に類似せず、たゞこれと同姓の前記田中姓のものもその名は極めて通俗的ありふれた名であるに反し、補助参加人の名「正三郎」はその呼称及び外観において特異性が存する故に、たとえ姓は違つていても補助参加人に対する有効投票と判定さるべきである。
(八) 同じく「小林正三郎」なる投票については、右(七)と同様の理由の外、本件選挙候補者には小林姓のものはなく、「小」又は「林」の字のつく姓を有するものは、小寺正、小寺義弘、小西愛蔵、林一男、中林英夫であるが、右は何れも前記投票に類似するところなく、名が補助参加人のそれと同一であり、且つ他に同名の候補者のいない以上、これも補助参加人の有効投票と見るべきものである。
(九) 次に、原告に対する有効投票中
(イ) 「中」(ロ)「中」(ハ)「中」なる投票は何れも第二字は字の体をなさず且つ他に中村、中林、中込等の候補者が存する以上、何人に対する投票であるか判定し難い。
(ニ) 「中湛次」なる投票は第二字、第三字は字の体をなさず。
(ホ) 「中西二」なる投票は第三字は字の体をなさず、右(ニ)(ホ)は全体として原告に対する投票とは認め難い。
(ヘ) 「西」なる投票は、第一字「中」とは判読することができないし且つ他に「小西愛蔵」なる候補者が存する以上、何れの候補者に対する投票か判別し難いのみならず、第一字は「二」を抹消する趣旨とも見られ得るから、選挙人の意思を判定することができない。
(ホ) 「サカにンカシジ」なる投票は最後の字はその体をなさず且つ前半は「サカニシ」と判読し得るから、他に「阪口(サカグチ)」「酒井(サカイ)」等の候補者が存する以上何れの候補者を記載したものか確認し難い。
(ト) 「中西「勘次」なる投票は姓と名の中間右側に明かに「の符号と覚しき記号があり、これは句読点の如く慣習的な打点又は濁点、半濁点と解する余地なく、その他不用意に附いた墨点、墨痕でもなく、意識的な他事記載として無効と認定さるべきである。
(チ) 「中西カ」なる投票は、右「カシ」が「カン」の誤謬と認定されるとしても最後の「シ」の左下に「゛」の符号の存することは、(ト)の場合と同じく他事記載として無効である。
(リ) 「ナカニシカンラ」なる投票はその最後の「ラ」は「ジ」又は「ヂ」の誤記とは認め難い。又「勘次(カンジ)」の「ジ」を「ラ」と訛ることもあり得ない。且つその筆勢から見ても、「ジ」を「ラ」と書損じたものとすることもできない。然らば意識的に「カンラ」と記載したものとするの他なく候補者にあらざるものの氏名を記載したか、又は他事記入として無効というべきである。
なお原告は、被告が先に、「高橋正三郎」なる投票が補助参加人に対する有効投票なりと主張し後にこの主張を撤回したのに対し、補助参加人が依然右主張を維持しているのは民事訴訟法第六十九条第二項により無効であるというけれども、被告は、その裁決に現われていない「高橋正三郎」二票のことについては本訴において触れないこととしたのにすぎないのであつて、右投票が無効なることを是認したのではないのみならず、当選訴訟における補助参加人の地位は民事訴訟におけるそれとは異なり、必ずしもその補助する当事者と同一の主張をなし又はこれを補助するだけの地位を有するものではなく、当事者と異つた陳述をなし得べきものであるから、この場合右民事訴訟法第六十九条第二項は適用さるべきでない。
(各立証省略)
三、理 由
昭和二十六年四月二十三日施行された尼崎市会議員選挙に、原告及び補助参加人橋本正三郎が立候補したが、開票の結果、橋本正三郎の得票数は九百八十二票で最下位当選者に、原告の得票数は九百八十票で次点者に決定せられ、その旨同月二十五日告示せられた。原告は右決定を不当なりとして、十四日の法定期間内に尼崎市選挙管理委員会に当選の効力に関する異議の申立をなし、その決定に不服があつたので、更に二十一日間の法定期間内に、被告委員会に対し訴願の申立をしたが、同年八月三日訴願棄却の裁決書の交付を受けたことは当事者間に争なく、その後三十日内に本訴を提起したことは本件記録によつて明かである。
原告は右橋本正三郎の当選は無効なりと主張するから以下順次に判断をする。(「サカにシカシジ」なる投票を除き、以下判断の対象となる投票の記載及びその数については当事者間に争がない)
第一、開票管理者が無効と決定した投票中原告が自己の有効投票なりと主張する投票について
(一) 「中島」と記載されたもの二票、「中島様」「中シマ」「中島マン」と記載された投票各一票について、
昭和二十六年四月四日付毎日新聞及び同月十四日付朝日新聞に掲載された尼崎市会議員候補者一覧表中に原告の姓を中島と誤記されていたことは当事者間に争がないが、その後毎日新聞は同年四月七日付、朝日新聞は同月十五日付夫々右の誤植を訂正したこと、右両新聞以外の地元各新聞は原告の姓名を正確に報道したこと、本件選挙の候補者の氏名の掲示が正確に十一日間継続してなされ、且つ投票当日投票所内の各記載所毎に正確に掲示されていたこと、原告が運動期間中被告主張のような方法によつて自己の氏名を正確に宣伝報道したことは原告の明かに争わないところであるから、投票当日一般選挙人が前示両新聞の誤植によつて、原告の姓を中島なりと誤信していたものとは必ずしも断じ難く、しかも、本件選挙の候補者には、中村、中林、中井、中込、奥島等の姓を有するものがあり、且つ本件選挙と兵庫県会議員選挙がともに同年四月三日告示せられ、右県会議員選挙が本件選挙の数日後なる同月三十日に行われ、その候補者に「中島常雄」なるものがいたことは又原告の争わないところである。そうすると、右中島常雄の選挙運動は本件選挙の投票日をはさんで行われたこととなる。そして成立に争のない乙第一号証の十一ないし十四によると本件選挙において「中島常雄」なる投票少くとも二票、これが誤記と認められる「中島常吉」なる投票一票のあつたことを認めることができる。これ等の事実から見ると、本件選挙の候補者に中島姓のものがいなかつたとしても、前示原告主張の「中島」以下合計五票の投票は、原告の姓を中島なりと誤信した結果、原告に投票する意思の下になされたものとは容易にいゝ難く、あるいは、前示中村以下の候補者の姓の誤記又は右中島常雄を本件選挙の候補者なりと思い誤り、同人に対して為されたものとも推測せられ、結局候補者の何人に投票されたのか確認し難いものといわざるを得ない。
(二) 「小西カンジ」と記載された投票一票について、
被告は本件選挙の候補者には小西愛蔵、宇野貫次なるものがあるから、右投票は無効であると主張するから案ずるに小西と原告の姓中西とはやゝ類似するところがあるけれども、本件選挙において他に小西愛蔵なる候補者のあることが当事者間に争のない以上、直ちに原告に対する投票とは断じ難く、むしろ右二候補者の氏と名を混記したものか、又は候補者の何人に投票したか確認し難いものとして無効とすべきである。
(三) 「中西愛蔵」「中西英夫」と記載せられた投票各一票について「中西愛蔵」なる投票は右(二)において説明したと同様の理由によりむしろ無効とすべきであり「中西英夫」なる投票は、原告とその姓を同じくするが、本件選挙において他に中林英夫なる候補者のあつたことは当事者間に争のないところであるから、右投票は原告の姓と、中林候補の名を混記したものか、又は候補者の何人に投票したのか確認し難いものとして無効というべきである。原告の従弟中西英男に関する原告主張のような事実が仮りにあるとしても、原告と候補者でない中西英男とを混同し、原告に投票する意思をもつて、「中西英夫」と記載したというがごとき推定は到底許さるべきでない。
第二、開票管理者が補助参加人橋本正三郎に対する有効投票と決定した票中原告が無効なりと主張する票について、
(一) 「橋本」と記載せられた投票二票について、
本件選挙の候補者中他に橋本正一なるものがいたことは争のない事実である。そうすると右「橋本」と記載したにすぎない投票は、候補者橋本正三郎、橋本正一の何れに投票したのか明白でないから、無効なることもちろんである。
(二) 「橋本正三」と記載された投票二票「ハシモト正三」「橋本昌三」と記載された投票各一票について、
補助参加人は自分が知己友人等より「正三(シヨウサン)」「シヨウサン」と通称されている事実から見て、右は自己に対する有効投票なりと主張し、証人橋本はる江、赤松捨二、橋本正三郎の各証言によれば、補助参加人は親族友人等より「正(シヨウ)」「正(シヨウ)さん」又は「正(シヨウ)あん」と呼びならされ、手紙等の宛名にも「正三」と誤記されることのある事実を認め得るけれども、一方本件選挙の他の候補者である橋本正一又友人等より「正さん」「正ちやん」とかねてから呼ばれていたことは証人橋本正一の証言によつて明かである。そして、一、二、三、等の数字はそれが人の名の一部となつている場合、往々間違われ易いという顕著な事実、前示各投票には、補助参加人橋本正三郎の名と橋本正一候補のそれとの最も著しい差異である「郎」の字がないこと等を綜合して考えると、右各投票はにわかに、補助参加人に対するものとは断じ難く、反つて、補助参加人と橋本正一の両候補者の何れに投票したのか確認し難いものと認めるを相当とする。
(三) 「橋本正太郎」「橋本正大郎」「橋本正郎」と記載せられた投票各一票及び「橋本正二郎」と記載された投票四票について、
原告は右各投票は補助参加人と橋本正一候補の何れに対してなされたか明瞭でないと主張するけれども、前(二)において説明するとおり右両人の名の差異は郎の字の有無において最も著しいものがあるところ、右各投票には何れも「郎」の字を附したゞ補助参加人の名「正三郎」の「三」の部分において、往々生じ得べき程度の誤をおかしているにすぎず、その全体を考察する時は、これ等は補助参加人橋本正三郎に対してなされた投票なりと推定するに足るから、同人に対する有効投票というべきである。
(四) 「マツモトシヨウダブロ」「松本正三郎」と記載された投票各一票について、
「マツモトシヨウダブロ」は「マツモトシヨウザブロー」を訛つたまゝ記載したものと認め得るけれども、本件選挙の候補者中他に松本松太郎、松本茂なるものがいることは当事者間に争のないところであり、且つ、補助参加人の姓「橋本」と「松本」とは本の部分において共通しているとはいえ、通常混同され易い姓であるとはいゝ得ないから、結局右各投票は二候補者の氏と名を混記したものか又は候補者の何人に投票されたか確認し難いものとなすべきである。
(五) 「橋本正三郎」と二重に記載された投票一票について、
成立に争のない甲第十八号証によると、右投票はその用紙の候補者氏名欄内側の右方に橋本正三郎とあり、これと並んで左方にも橋本正三郎とあるが、この部分の「正」の字は抹消されその左側に再び「正」の字が書かれているが、この字の一部が抹消された「正」の字に、わずかに連つていることが認められる。右のような書き方から見ると投票人は先ず投票用紙氏名欄の左方に橋本正三郎と書いた上その「正」の字を抹消してその左側に書き直したのであるが、その一部が抹消文字と接着したためさらに候補者の名前を明瞭ならしむる為、用紙氏名欄の右方に改めて橋本正三郎と書いたものと推認するを相当とし、原告主張の日本文字における右書の習慣という事実だけでは、直ちに右推定を破るに足りない。すると右二重記載は何等故意による他事記載ということができないから、補助参加人の有効投票と認むべきである。
第三、開票管理者が無効と決定した票中、被告側が補助参加人橋本正三郎に対する有効投票なりと主張する票について、
(一) 「坂本庄三郎」と記載された投票一票について、
本件選挙において候補者中「坂本」姓を有するもののいないことは争のないところであり、又「正三郎」なる名も補助参加人を除いて他の候補者はこれを有しないことは成立に争のない乙第一号証の七によつて明かである。そして、「坂本」と「橋本」とは「本」の部分は共通であつてある程度の近似性を有しているのみならず「庄三郎」は語音が「正三郎」に通ずるところから考えると、右投票は、「橋本正三郎」を「坂本庄三郎」と誤記したものと推定することができる。従つて右投票は補助参加人の有効投票と認むべきである。
(二) 「松本正三郎」と記載された投票について、
前示第二の(四)の説明によつて、その無効なることは明かである。
(三) 「高橋正三郎」と記載された投票二票について、
本件選挙の候補者中高橋吾助、高橋弥治郎、高橋金之助なるもののあることは争のないところであり、且つ補助参加人の姓「橋本」と「高橋」とは橋の部分において共通しているとはいえ、通常混同され易い姓であるとは考えられないから、結局右投票は二候補者の氏と名を混記したものか、又は候補者の何人に投票したか明かならざるものというべきである。
(四) 「橋本ヨ治郎」「田中正三郎」「小林正三郎」と記載された投票各一票について、
「橋本ヨ治郎」の「ヨ治郎」は補助参加人の名「正三郎」とは「郎」の部において共通しているにすぎず、その名全体は全然近似するところなく、又本件選挙において他に高橋弥治郎なる候補者のあることは、前示のとおりであるから、右「ヨ治郎」は弥治郎の誤記とも見られるから、原告に対する投票と認めるに足らない。補助参加人は右「ヨ治郎」は結局「正三郎」の誤記なりとしてこみ入つた説明をするが、普通一般人は右説明のような複雑な誤をなすものとは信じられないから、この点に関する主張は採用しない。
「田中正三郎」なる投票は名において補助参加人のそれと一致するけれども、被告側自らも主張するように、本件選挙において、他に田中姓を有する候補者が数名もあり、しかも補助参加人の姓「橋本」と「田中」とは全然類似するところはないのであるから、右投票は二候補者の氏と名とを混記したものか又は候補者の何人を記載したか確認し難いものというべきである。
「小林正三郎」については、小林姓を有する候補者が本件選挙において、いないことは、原告の明かに争わないところであるが、補助参加人の姓「橋本」と「小林」とは何等相通ずるところがないのであるから、その名において補助参加人のそれと一致するとはいえ、到底これのみでは補助参加人に対する投票なりとは認め難く、結局候補者でないものの氏名を記載した無効の投票なりと認める。
第四、開票管理者が原告の有効投票なりと決定した票中、被告側が無効と主張する票について、
(一) 「中西貫次」「中西貫治」「中西ケンジ」「中西カンスケ」と記載された投票各一票について、
「中西貫次」「中西貫治」なる投票の「貫次」又は「貫治」はその語音原告の名「勘次」に通じ、被告側の主張する他の候補者「宇仁貫次」とはその名において一致し、又は「次」の一字を「治」としたものではあるが、「中西」と「宇仁」とが全く異なる姓である点より全体的に考察すると、右投票は、原告「中西勘次」の名を宛字をもつて記載したものというべく、原告に対する有効投票なりとするに妨げない。
「中西ケンジ」は「中西カンジ」の誤記と見るを相当とすべく、他に「明田謙二」なる候補者があるとしても前同様「中西」と「明田」とは何等相似するところはないから、原告に対する有効投票と認むべきであつて、「中西カンスケ」も「カンスケ」又はこれに類似する名の候補者は証拠に照しても本件選挙においてない以上、同じく「中西カンジ」の誤記たることは明かであるから、これ又原告に対する有効投票といゝ得る。被告側の主張する小西愛蔵なる候補者の存在が右の結論の妨げとなるものでないことはいうまでもない。
(二) 「中」「中」「中」「中湛次」「中西二」「西」「サカにシカシジ」「中西「勘次」「中西カ」「ナカニシカンラ」と記載された投票各一票について、
「中」「中」「中」は何れも「西」の字劃の一部を落しているが、不完全ながら「中西」と記載せんとしたものなることは明白であり、証拠によるも本件選挙においては「中西」姓を有する候補者は他にないのであるから、原告中西勘次に対する投票と認むべく、「中西湛次」「中西二」は「勘」の字を正確に知らない結果宛字を以てし、なお後者は「次」と語音の通じる「二」をこれに宛てたものと見得るから、同じく原告に対する投票というべく、「西」は不正確ながら「中西」の記載と認むるに十分であつて、被告側主張のように、「小西」の記載なりと疑うの余地なく、又その運筆の具合より考えると(成立に争のない丙第四号の六参照)その第一字は「二」を抹消したものとは到底見られない。
「サカにシカシジ」はこれが立証に供する成立に争ない丙第五号証の一に照して調べると第一字は一旦「ナ」と薄く書いて、さらにその上やゝ右方に濃く「ナ」と書いたため、先の「ナ」の字「ノ」が、後の「ナ」と合してあたかも「サ」の字の「ヽ」のように見え、第六字は、「ン」の点をやゝ大きく且つにじらして書いたため「」の如くなり、第七字は「シ」の字の点を少さいながら一つ余計に打つたものと認められる。従つて、右は不正確ながら「ナカにシカンジ」と記載したものということができるから、原告に対する投票たることは明かである。
「中西「勘次」は姓と名の区別を明かにするためその間に「を入れたものにすぎないと見ることができるから、これをいわゆる他事記載として無効とするに足りない。
「中西カ」は「カンジ」の「ン」をぬかし「ジ」の濁点を打つ場所を誤つたものというべく、やはり原告に対する投票というに妨げない。
「ナカニシカンラ」は明かに「カンジ」の「ジ」を「ラ」と誤記したものと認むべく特別の事情のない限り被告側のいう如く単にその筆勢から推して、意識的に「カンラ」と記載したものであつて、候補者でないものの氏名を記載したとか或いは他事記載というは当らない。
原告は被告において、当初「高橋正三郎」なる投票が、補助参加人に対する有効投票なりと主張し、後にこの主張を撤回したのであるが、補助参加人が依然右主張を維持しているのは、民事訴訟法第六十九条第二項によつて無効であるというけれども、投票の有効無効に関する主張は、事実に基く法律上の見解の表明であつて、事実そのものの主張ではないから、もともと右民事訴訟法の規定するところでない。
従つて当選訴訟における補助参加人の地位が通常の民事訴訟のそれと異なる性質を有するや否やを論ずるまでもなく、右原告の主張は採用できない。
以上の判断に従つて、原告及び補助参加人の得票数を計算すると、原告の分は開票管理者の有効投票と決定した九八〇票であるに対し、補助参加人の分は開票管理者が有効投票と決定した九八二票に第三の(一)の一票を加えその合計より第二の(一)の二票同(二)の四票同(四)の二票を差引き九六五票となる。従つて原告の得票数は補助参加人のそれより五票多くなり、原告が本件選挙当選者となることは明かであるから、補助参加人の当選は無効といわねばならぬ。すると原告の本訴請求は正当であるから、これを認容し、訴訟費用について民事訴訟法第八十九条第九十四条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判官 大野美稲 熊野啓五郎 村上喜夫)